お 城 め ぐ り 日 記
京都
京都御所

二条城跡

二条城

本能寺跡
 もう1つの舞台、京都本能寺跡を尋ねての巻   2007.10.7
 城巡りの友人達と、京都本能寺跡へ行ってきました。現在の本能寺とは別の場所にあり、ここが、備中高松の戦いのもう1つの舞台であることは、このウェブを訪れた方なら、もちろんご承知の事と思います。
 天正10年6月2日、秀吉より備中への出陣を促された織田信長は本能寺へ滞在中、明智光秀勢に夜討ちを掛けられ、自刃したと伝えられます。信長の死を伏せたまま、高松城では6月4日清水宗治が自刃、城は開城され、戦いは織田の勝利となりました。秀吉は軍勢を一気に大坂へ戻して明智光秀を討ち、その後天下統一を成し遂げます。その出発点が備中高松であり、きっかけが本能寺の変でした。
 後に秀吉が宗治の息子景治に会えば父宗治を称え、また小早川隆景に会えば高松の役の話をしたと伝えられています。この戦いがどれだけ秀吉にとって大きな意味を持っているのかと感じます。
 現在の本能寺跡には、福祉施設などが入った複合施設が建てられており、今は通りの角に古い石碑と、敷地内へ新しい石碑の二つが残るだけとなっています。(写真の石碑は通りの角にある古い石碑) 


 写真・・・左 二条城二の丸御殿 中・右 本能寺跡の石碑