本 丸 honmaru
 現在城跡として確認できるのが本丸です。清水宗治が城主の時よりも、江戸時代に少し高さが高くなっています。本丸南面には、宗治の首塚が石井山から移築されてあります。
 北側の道路際の斜面の下には、石積が数段残っているそうですが、現在は土に埋もれて見ることはできません。
 首塚の横には、宗治の時世の句「浮世をば 今こそ渡れ武士(もののふ)の 名を高松の 苔に残して」の碑と、地元で長年研究され、高松城の保存に尽力された故高田氏の像が立っています。
 南には、幸山城や福山城も見え、毛利勢が陣取った岩崎山や日差山もまじかに見えます。その山々に毛利の旗が立った時はきっと篭城の兵も勇気づれられたことでしょう。
 毎年、宗治の命日にあたる6月4日に近い、6月の第一日曜日に、ここで地元の方、ゆかりの方、清水家の方など参列され、宗治を偲んで、宗治祭が行われています。